『みどり葉』2026年3月号

第40回卒業生御寄稿「ブーメラン」

第40回卒業生

辻 英之

「そんな山奥に行ってどうするんだ」

 1993年、大学卒業と同時に信州に移住する私のことを、周囲の人はとんでもなく心配した。バブル最終期、友人は次々と大企業に就職していた。山奥に行く私の姿は不思議に映ったに違いない。同じことは高校卒業時にも言えた。豪雪に悩まされた人びとは「どうしてさらに北に行くんだ」と北海道の大学に進学する私のことを不思議に想ったことだろう。

 私は2023年8月まで、人口1500人の小さな山村(長野県泰阜村)に30年間住んでいた。子どもが1年間、村の小中学校に通いながら共同生活を行う山村留学や、夏休みなどの自然体験教育キャンプを行うNPOの代表を務めていた。就職当時の私の給料は6万円。へき地山村で生き抜くためには、学歴などは何の意味もないことだった。しかし、小さな村にあって20人弱の若者を雇用するNPOは「優秀な大企業」だ。何もない村に産業が興り、若者のU・Iターンが増えた。「山村留学」の卒業生がIターンで村に定住する現象(Sターン)も始まり、まさに「教育」が地域再生の中心に位置付いた。2023年度には都市山村交流における内閣総理大臣表彰も受けることができた。

 高校まで過ごした福井。戦災、震災、豪雪、豪雨と災害が多い土地柄は、その都度よみがえり「不死鳥の街」と言われた。この街は私に「あきらめない心」を教えてくれた。

 大学時代は札幌で過ごした。運動ができる子どもより「できない子ども」に主眼を置く学問(体育方法論)との出会いと、児童擁護施設でのボランティア。北の大地は私に「小さな力を信じる心」を教えてくれた。

 信州泰阜村に飛び込んで30年。「何もない」山村に住む人びとと風土が発揮する不屈の精神と豊かな支えあいの文化は、私に30年かけて「あきらめない心」と「小さな力を信じる心」を大きく、そして強く育ててくれた。

 ブーメランをご存じだろうか。弱々しく投げると途中で落ちる。思い切り強く投げ出すからこそ、手元に戻ってくる。きっと私は福井の人びとに思い切り、強く投げ出されたのだと確信する。そして札幌と信州での様々な経験を身に纏い、一昨年9月、36年ぶりに福井に戻ってきたのだ

 その投げ出される強さ。それは高校時代に獲得した熱量だ。多くの友人と味わい深い恩師たち、そして家族や地域の人びとに囲まれて、確かに私は逆境を生き抜く強さを手にした。それは学歴よりはるかに大事な強さだった。ありがとう高校時代。感謝してもし切れない。

 36年ぶりに戻った福井で私は無謀な挑戦をした。無名の新人が、経験豊富で指名度抜群の現職、元職相手に闘った。しかも生まれ育った福井市とは違う選挙区。「勝てるわけないやろ」「どうせ敗けるやろ」という多くの声が背中に刺さり続ける選挙のスタートだった。

 友人が誰もいない小浜市で、たった一人で街頭辻立ちを始めた。その心細さ、わかるだろうか。そんな逆境の時に、最も応援をしてくれたのが、高校時代の友人たち。違う選挙区なのに、まさに総出で次々に応援に来てくれた。そして私は、福井県民のみなさんの良識にも強烈に支えられ、国政の場に立つことができている。

 次は私が、未来に生きる子どもや若者を強く送り出す番だ。素敵な同輩、先輩、そして後輩たちと共に、次の時代を切り拓く時が今、そこに来ている。

プロフィール

福井県福井市(進明中・高志高)―北海道札幌市(北海道大学)―長野県泰阜村(NPO法人グリーンウッド自然体験教育センター代表理事)―福井県小浜市在住(衆議院議員)

著書に「奇跡のむらの物語 1000人の子どもが限界集落を救う!」(2011年 農文協)

目次へ戻る ≫