『みどり葉』2026年3月号

恩師御寄稿「長くいればいいってものではないけれど」

三輪裕一 先生

 県立高校の教員を38年間務めた中の14年間を、学校群時代の高志高校で過ごしたことは、今でも私の誇りになっています。「俺は高志高校で一番偉いんやぞ、徳川時代でも牢名主(最長受刑者)は役人より牢内で権力を持っていたんじゃ」といって中学生だった息子に嘲笑されたことがあります。その記録は後に長谷川重弘先生に更新されてしまいましたが!! 定年退職した後、非正規の非常勤講師として、現在なんとその高志高校で授業をさせていただいています。いったん途切れた記録に再挑戦していることになります。理科の有馬先生も一緒に務めていらっしゃいます。今でも当時の先生方や「みどり葉」の卒業生諸君と、楽しく親しくお付き合いさせていただけるのはうれしい限りです。

 諸君を一年生の時に担任して翌年の4月に羽水高校に転勤になり自慢の記録は途切れたわけですが、私としては県立高校の教員として「十分に元はとった、あとは余禄のようなもの」という感覚でした。

 現在は当時とは比較にならないほどコンプライアンスが厳しくなり、三輪先生得意の「下ネタ、セクハラ」は慎まなければなりません。人は時代の中で生きるのです。ですから今の三輪の授業においでになっても期待に添うことはできませんよ! あしからず! せいぜい片町の飲食店での酒の肴としてぐらいにしかならないとは思いますが、思い出はいつまでも色あせることなく心の中に残るものです、時々引っ張り出して慈しんでください。あの当時の「三輪先生」は、今でも私の心の中に、あの当時の諸君たちと一緒に、明るく楽しく、それこそ宝石のように残っています。「みどり葉の集い」は、その宝石の展示会みたいなものです。

 記憶はコンピュータのメモリのような形ではなく、脳の神経回路のつながりという方法で保存されているのだそうです。この神経回路が何らかの刺激によって活性化することで、記憶がよみがえるというのです。脳の組織の一部ですから、髪の毛や皮膚のように代謝が行われ変化していきます。身体にストレスを与えるような記憶は自動的に排除され、快感をもたらすものが保存されていくのだそうです。(あまりに強烈なストレスの記憶は皮膚の傷跡のように「トラウマ」として残るそうですが)

  高志・藤島学校群制度は廃止され、もう当時の高志高校は存在していません。けれど楽しかった記憶は私たちの神経回路の形として保存されています。失われてしまったものへの感傷とともに。

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